◎登場人物:トッズ・ローニカ そしてメーレ
◎語り部:トッズ。
しかも……よりによって一番会いたくないじじいなんぞに鳥文まで飛ばす羽目になるとは。
とは言え、こんな話が出来るのなんて、じじいしか浮かばねーんだもんよ。
さすがの俺も城内に入る訳にも行かず、じじいが城下へ買出しへ来るついでに寄って欲しい旨を鳥文にはつけておいた。
果たして来るものかとやきもきしたものの、意外にもあっさりと、じじいは俺の前へ姿を現した。
「……今更、どの面を下げて話があるだのと」
じじいはじじいで、まあ元気そうで。
主君を攫われて多少はやつれてるかと思ったんだけど。
……ちょっと、懐から光物ちらつかせるの止めてくれる。
「あー、違う違う。俺別にあんたと悪口雑言やりあう為に来たんじゃないんだから。
その物騒なのしまってよ。怖くて震えちゃう」
お手上げ、と言う風に手を上げてみせるものの光物を納める気は無さそうだ。
くっそ、本当にこいつしか話せる相手居ないのかよ。
「……まあ、良いけど。レハトなら元気よ。それ位の噂は聞いてるでしょ」
「わざわざそれを伝えに来たのか」
「違いますよ。俺だってそんなに暇じゃないでーす。んじゃま、結論だけ先に」
レハトを城に戻す。
伝えると、じじいはぽかんと口を開けてみせた。
やがて息を吐き、今度は完全に隠そうともせずに短剣を抜いた。
ちょ、ちょっと待てって!これだから老いぼれは!
「いやいやいやいや!冗談じゃないんだって。考えてもみろよ、こんな嘘じじい相手に吐いたって、俺何にも得無いだろ!」
「レハト様を戻して全て無かった事に、とでも思っているのか」
「だーかーらー!ちょ、もう、座れじじい!長くなるから話すのやめようかと思ったのに!」
事の顛末はこうだ。
あの寵愛者様をほだして垂らし込んで、メーレ邸に持ち込むまで、それはもう完璧だった。
メーレはメーレで、あっさりと次期継承者候補を手中に納めて大喜び。
ランテ家を良く思ってない貴族共も大喜び。
俺も俺で、無事に多額の報酬が貰えると大喜び。
と、城外サイドは八方無事に治まったかのように見えた。そう、見えてた。
まさかレハトがな……
「……自害など……されたのでは無かろうな」
じじいが先走る。元気だっつってんだろ。
「ちげーよ……。予想以上に、メーレに懐きまくってんだよ……」
お父さん認定してからのレハトの猛烈なアタックは、それはもう見てる侍従すら頬を赤らめる程で。
メーレが戻れば玄関で出迎えて抱きつくわ、
食事時はもうウットリしたような顔でメーレ見つめてるわ、
挙句の果てには一緒に寝たいだの何だのメーレ寝所に特攻するわ。
やれお父さんはココが格好良いだの、声が渋いだの、ありとあらゆる賛辞が口から出てくる。
「レハト様……何といじましい……」
「いじましいとかそういう話じゃないだろ!もうアホだろあの子!!!」
よくよく考えりゃ、こんな胡散臭い商人から貰った飲み物をあっさり飲むような性格だった。
それに加えて、あっさり城抜けを承諾する性格だった。
しかし、ここまで底抜けにめでたいとは思っても無かった。
「まあ……それでも、レハトが騒ぐだけなら良かったんだけど」
そして本題はここからだ。
「肝心のメーレがな……」
思わず目線が遠くなる。
せめてメーレのやつが、もうちょいストイックに名声にしがみついてくれてりゃ良かった。
しかしレハトの猛攻に負けたのか、最近では出かけりゃ必ずと言って良いほど、服だの菓子だの買って帰ってくる始末だ。
先日は、珍しく口論が聞こえたものだから、ようやくメーレの目が覚めてまともに継承うんちゃらの話をしてるのかとちょっと期待した訳よ。
でもな……聞こえてきた会話の一部が『お父さんのばかぁっ』と『ちょ、待ちなさいレハト!お父さんが悪かったから!!』じゃなあ……。
もう、王様の話とか、完全に忘れてんじゃないすかー。
さすがのじじいも、何も言えないようだ。
「……まあ、そんな訳なんで。もう返します、つーか、早く引き取って」
思わず自嘲めいた笑いすら浮かぶ。
ああ……何かもう、俺何の為に命張って密偵してほだしてたんだっけ。
翌月、メーレ邸に城からの使いが訪れた。
本来の父と暮らすのが筋だろうと、メーレが最後の抵抗を見せる。
その台詞は、本当はもっと緊迫した場面で言うべきなんだろうな。
……目に涙浮かべるなよおっさん……。
項垂れるメーレに、レハトがとことこと近付き、何か話しているようだ。
手をしっかと握りしめるメーレの姿に、眩暈すら覚える。
城へ向かう鹿車に乗り込む寸前、レハトと目が合った。
わずかに泣き腫らしたように、目が赤くなっている。
かと思いきや。
俺を見て、にやりと笑いやがった。
あ、あのクソガキ……!