03/30
ユンファへ届け物をした帰りに拾い物をする。
杜の中に転がっていたそれは、鳥ではなく獣に近い姿をしていた。
獣と樹を足して割って、それでもまだ何かが足りないような姿だ。
なぜ私の杜に落ちていたんだろう。
ニーバルにうるさく言われるのは避けたかったのでとりあえず持ち帰ってきた。
今のところ毒らしいものは出してない。
まだ動かず、時折声のようなものを上げているから、杜より樹に近いのかも知れない。
03/31
ひどい一日になった。
昨晩拾ったあれは、動かないモノと思っていたらとんでもなかった。
寝ていただけらしい。
まず、私を見るや否やひどい声をあげた。
そして知らない言葉で捲くし立てる。
他部にはまだ知らない言葉があることは知っていたけれど、聞いたことのない発音ばかりで戸惑う。
耳に触れようとしたら叩かれた。ひどい。
顔立ちは樹なのに、覆う毛は獣のものだ。何だろう、これは。
そして多分、威嚇、してるんだろうか。
近付こうとすると低い声を上げて後ずさりをする。
その割には私を襲おうともしない。何がしたいんだ。
顔をまじまじと見るうちに思い出した。
風部に近いところに住んでる連中、名を何と言ったか、エーラフだかエルリフだか、そんな種名だった。
あいつらに似ている気がする。
エルリフかと問うものの、まったく言葉が通じなかった。
聞きかじった幾つかの部語を試すが、すべてダメだ。
ゆっくりとここは私の杜であるから大丈夫だと言うものの、やはり通じないようだった。
どこの部の出なのだろう。石も見当たらない。
いずれにせよ、言葉を発するものは食べられない。
私への威嚇はやまないが、少なくとも危害を加えるようにも見えない。
しかしながらこの音量で喚きたてられては敵わず、布で口を封じておいた。
しばらく、くぐもった音が聞こえていたが、仕切り布を降ろしてしばらく放っておいたら静かになった。
牙も無い。爪も枝も無い。
そもそもエルリフの指は6本と聞く。
確かあれの指は5本だった。正しくは、4本と、1本。
とんだ拾い物をしてしまったお陰で、私の杜が騒がしい。
それにしてもどうしたものか。
ネイアンに聞いたら明日こちらに来てくれることになった。助かる。
持つべきは友人だ。
03/32
今はネイアンがあれを見ている。
私ほどの威嚇は無いにせよ、変わらずバタンバタンと暴れる音がしていた。
思ったよりも暴れるようで、それはそれで困る。
杜の一部の色が既に変わってしまった。彼らは過敏なのだ。
どうにか宥めすかし戻った頃にはずいぶんと落ち着いたようで、時折ネイアンの角音が響く程度になっていた。
今のうちに、溜め置きの酒を変えてこよう。
ネイアンが帰った。
今はあれは眠っているらしい。私の姿はまだ見せない方が良いときつく言われた。
ネイアンから聞いた事をまとめておく。
あれは樹でも獣でも無い。エルリフでも竜でも無い。
では何かと問うても、ネイアンは首を傾げるだけだった。
とりあえず私達と同じもの ではない という事だけしか分からなかったようだ。
しかし言語体系は似ているようで、何度か強制的な交流を繰り返した末、
どうにかそれらしき体系を見出したらしい。
教えてもらった言語は、谷部のものに近い。
それならどうにか私にも分かるかもしれない。
あとは、石はやはり持っていなかった。
何処かで落としたということも考えにくいが、万が一石無しなら尚の事、無碍に扱う訳にもいかないだろうというのが
私とネイアンの共通の見解だった。
けれど石無しなんて伝承か歌物語でしか聞いた事がない。
稀に飲み込むものは居るらしいけれど、それならば私にも分かるはずだ。
ますます気味が悪いことこの上ない。
いっそネイアンに持ち帰って貰おうと思ったけれど、拾い主が引き取るのが筋と固く断られた。
本当に、どうしたものか。
ああ、また杜が荒れる。
03/33
疲れた。
詳細は明日にする。もう寝る。
03/34
大まかな流れを忘れないうちに記しておく。
ネイアンが帰った翌日、私はあれとの接触を試みた。
ネイアンは脚しか留めておらず、これまたひどくうるさい喚きを聞くはめになった。
言葉自体は谷部のものと照合出来るようになって、多少は分かるようになったけれど
何しろ早くてほとんど聞き取れなかった。
あれはこちら側に害意があることを一番恐れている、というネイアンの言葉を思い出し、
とりあえず害意は無いこと、そしてここは私の杜であることを、谷部語でゆっくりと伝える。
本当に伝わるのか半信半疑ではあったものの、奇跡的に私の言葉は通じたらしい。
言語を共有出来てからは、意思疎通は早かった。
オレ、というのは一人称を表していて、アンタ、と言うのが私の事を表しているのも理解した。
何故私の杜に来たのかと問うと、首を振るだけだった。
あれ自身にも、何故ここに来たのか分からないらしい。
何かの法に巻き込まれてしまったのだろうか。
どうせこんな辺鄙なところ、と法避けをしていなかった事が悔やまれる。
どこから来たのかと聞いても要領を得なかったので、とりあえずどこに帰るのかと聞いた。
しかしこちらも要領は得なかった。
来た場所に戻る、というのは分かるが、戻り方が分からないらしい。
何度もここが何処かと聞かれ、その度に杜と答えるが、この点に関して会話はすれ違いだった。
陽の色が変わる頃、再度ネイアンが訪ねてきた。
それなりに経過を気にしてくれていたのか、単純に石無しに興味があるのか、
恐らく彼なら後者の理由だろう。
あれはネイアンの姿を認めて、多少警戒が緩んだように見えた。
ネイアンは私よりも流暢に谷部語を繰り、さらに詳しい話を聞きだしていた。
まずは互いに害意が無いことだけは確証が取れた。
当初の威嚇は、単純に怯えていただけらしい。
それだけでも収獲だと言うべきなのだろう。
とりあえず杜がこれ以上荒れることは無さそうだった。
石の所在、部と出身についてだけは未だに分からないままだ。
部と出身は、語りたがらないものも居るし、ここではさして重要な事では無いけれど、
石が無いのだけは困る。
何度もネイアンが確認をしてくれたが、石そのものを見付ける事も、思い出す事も無かった。
伝承頼りの知識しか無いけれど、石無しが分かった今となっては、他に移すことは難しいだろう。
結局は私の元で、この石無しを抱えなければならなさそうだ。
そして今日、部の司祭への挨拶を済ませ、今に至る。
司祭も石無しは初めて見るようだった。
石無し用の儀礼など知っている訳もなく、通常の移住の儀だけを済ませた。
その後も杜が騒ぐことは無いので、とりあえず石無しは私の杜に受け入れられたらしい。
肝心の石無しは、意思疎通が叶った途端、やれ腹が減っただの水場はどこだだの、非常にうるさい。
何で私の杜になんて落ちてしまったんだ。
ユンファの辺りに落ちていたら今頃食われて静かだっただろうにとまた後悔が過ぎる。
石無し石無しと連呼する私に、石無しが名を告げた。
名は、チハヤ。
千の風を意味すると言う。
物騒な名だと言うと、ふてくされた。
本当に面倒なものを拾った。